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90年代前半のノースウェスト航空日本発着国際線
このページの最終更新日 2015年10月17日

 第2次世界大戦での敗戦により、航空便の運航も含め完全に航空産業を失った日本。占領下を脱し、独立を果たした日本は、アメリカのノースウェスト航空支援の下、半官半民の日本航空を立ち上げ民間航空が再建されました。こうした経緯から日本におけるノースウェスト航空は、アメリカ〜日本線のみならず日本からの無制限の以遠権を有しており、成田空港をハブにアメリカへ、アジアへ、そしてアメリカ領のリゾート地へ多数の路線を運航していました。
 91年9月のアメリカ本土〜成田〜アジア線の時刻表です。成田をハブとして運航していない便は除いております。アメリカ本土からは6都市からデイリー、1都市から3往復/週で運航。アジア各地へは6都市へデイリー、1都市へ1往復/週で運行。アメリカからは午後飛来し、夕方、アジア各地へ出発。アジア各地からも午後到着し、夕方までにアメリカ各地へとアメリカ各地へと出発するダイヤが組まれていました。全ての機材がジャンボ機でずいぶんと華やかだったことでしょう。
  91年9月のその他の日本発着路線の時刻表です。大阪へもニューヨーク、ロサンゼルスの2都市から就航していたほか、ハワイ、グアム、サイパンの各リゾート地への路線を展開していました。東京、大阪のみならず、グアム・サイパンへは名古屋、福岡からも運航していました。また成田〜ソウル便は、アメリカ線接続便の他、アメリカからの便が到着する前の午前中に成田を出発し、アメリカへの便が出発した後の夜に成田に戻ってくる便の1往復も運航されていました。明らかに日本発着需要をあてにしたものではと考えられます。

 最後に、ノースウェスト航空の1/2便があてられた、ロサンゼルス〜台北線。デイリーで運航されましたが、そのうちの3往復/週は成田に加えて那覇にも寄港していました。かつてアメリカが統治していましたし、91年当時、そして今に至るまで米軍基地が多数ある土地柄なので、アメリカと往来する需要もそれなりにあるのかもしれません。
時刻表データの参照元) JR時刻表 1991年9月号


90年代前半のユナイテッド航空日本発着国際線はこちらから パンナム権益を引き継いだユナイテッドの成田ハブ


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