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90年代前半の日本航空太平洋線
このページの最終更新日 2015年10月17日

 全日空、日本エアシステムの国際線参入で独占的地位を失った日本航空。それでも、今のように大半の面で自由化されている時代とは異なり、日本とアメリカを結ぶ路線においても、同路線の先行企業とされているインカンバンド・キャリアに優先的に権利が与えられていた時代。アメリカ側がノースウェスト航空とパンナムの権利を引き継いだユナイテッド航空。そして日本側は日本航空ただ1社が圧倒的な権利を有していました。日本航空もアメリカ側2社とともに、日米間で圧倒的なネットワークを誇っていたばかりか、以遠権を駆使してメキシコ・ブラジル線へも展開していました。
  1991年9月の日本航空太平洋路線の時刻表です。サンフランシスコ、シカゴ、ニューヨークにデイリー運航していたほか、ロサンゼルス線は14往復/週。さらに、2015年8月現在は就航していない、シアトル、ワシントンDC、アトランタにも就航していました。ワシントンDC線は1991年9月時点で既にライバルの全日空が就航し競合。この後、1999年サマーダイヤの時点では既に日航は撤退しており、2010年の経営破たん前の時点では、数少ない全日空に追い出された路線となってしまいました。また経営破綻まで運航していたサンパウロ線は、運休時とは異なりロサンゼルス経由でした。この他、アラスカのアンカレジへも就航していましたが、これはアンカレジ経由での欧州路線のもの。ソ連の崩壊は1991年12月なので、シベリア上空飛行こそ解放されていたものの、枠の制限が今よりも大きくアンカレジ経由もまだ健在だったのかと考えられます。

時刻表データの参照元) JR時刻表 1991年9月号

90年代前半の日本航空国際線Aはこちらから オランダ、スペイン、スイスに北回りも 欧州路線

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