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90年代前半の欧州各社の北回り・南回り線
このページの最終更新日 2015年10月17日

 冷戦下最末期。91年12月にソ連が崩壊し冷戦が終結へと向かいますが、それ以前から徐々にシベリア上空飛行も解放されていきました。それでも91年9月時点では、北回り航路、南回り航路の双方が残されていました。
 まずは91年9月当時の欧州各社による北回り日本〜欧州線です。北回り航路とは、ソ連上空を避けながら日本からアメリカのアラスカ州アンカレジへ飛行。そこで給油し欧州各地へ向かうルートです。一時は日本人乗り継ぎ客でアンカレジ空港が賑わっていたこともあり、日本人をターゲットにしたうどん屋さんもあったほどといわれています。
 この時点で北回り航路を残していたのはブリティッシュエアウェイズ、エールフランス、イベリア航空の3社。しかし3社とも既に、シベリア上空経由の直行便やより距離の短いモスクワ経由便も運航しており、一部がアンカレジ経由で残されている状態でした。
 ちなみに日本〜アンカレジ線の時刻表にはブリティッシュエアウェイズのみの掲載であったことから、以遠権は他の2社には与えられていなかったと考えられます。また、伊丹を経由しているもののブリティッシュエアウェイズは当時、福岡にも乗り入れていました。
 一方でこの時代は南回りルートの生き残りも見られました。南回りルートとは中央アジア・中東を経由して運航されるルートで、デリー、テヘラン、ドバイが主な中継地となっていました。91年9月時点で残されていた南回りルートは、アリタリア航空の香港・デリー経由ルート。2往復/週のうち1便がデリーのみ経由、もう1便が香港、デリーを経由しており、成田〜香港間、成田〜デリー間の以遠区間のみの利用もできた模様です。
 また南回り欧州線の名残なのか、ルフトハンザドイツ航空は名古屋・大阪線のみ香港経由での運航となっていました。こちらも以遠区間のみの利用が可能でした。

時刻表データの参照元) JR時刻表 1991年9月号



アジアの航空会社による成田〜アメリカ線はこちらから アジア各社の成田以遠路線

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